抽斗の釘

小説、散文、文章、短編

わたしには、訪れた記憶はないけれど、懐かしくなる情景があった。時々思い描いては、何処だろうかと、首を傾げる次第である。

それは、真っ青の部屋だった。

床一面は紺色のカーペットで、窓は一方だけに、群青のカーテンから、外の日光が差している。午前中の光だ。電灯は付かない。窓の下には、誰かが使った様子のベッドがあり、換気は滅多にしないのか、埃っぽい。

そこは、わたしの部屋ではない。きっと祖父、若しくは今は知らない懇意の老人が、若い時に使っていた部屋だろう。

わたしはそこに住みたいとは思わない。しかし、そこでぼんやりしたいと思う。わたしはそこに泊まりたくない。しかし、うつらとしたいように思う。

そこにはお洒落な音楽も、気の利いた家具も無い。目からウロコのビジネスも、キャッチーなコピーもない。刺激的な会話や、カラフルな発想も無い。画期的なテクノロジーも、古風さへの憧憬も無い。また、真偽のやりとりや、本当らしい優しさもない。ただそこに部屋があって、床と、ベッドと、日の差す窓を眺めている。

おそらく、部屋は4戸のアパートのうち1つで、窓の外には小麦畑が広がっている。もしくは、都会の下町の、路地の片隅かも知れない。

そこは、そのベッドは、ともすれば、わたしの老後の姿が、横たわった後かもしれない。

決して寄り付けない、受け入れない、交差しない青が、青だけがそこにあった。

ただ、わたしは、床に座り込み、そんな部屋を眺めている人物が、わたしでは無いように思えて仕方がない。もしくは、結局誰も居なかっただけなのかも知れない。