抽斗の釘

小説、散文、文章、短編

井守

 

 がらーん、がらーん。と、手持ち鐘の音が近づいてきた。

 ちりりん、ちりりん。と、風鈴の音も聞こえる。

くろーやき、くろおーやき。そこに力のない男の声が続いた。

 亜里砂は猫のようにクッションから飛び跳ねると、音もなく、ドアの覗き窓に目を入れた。

「こっちにきた。……早く帰れよ」

声には出さずつぶやいた。鐘や風鈴、そして男の声は、確かに亜里砂の部屋の方へ向かってきている。

 古いマンションのためか、覗き窓は魚眼レンズになっていない。視界はほんの周囲で、コンクリートの外廊下と、冬の晴天の空が広がるばかりだった。

 と、その狭い視界にふと影が差した。

 訝しい。白髪の小男が、紺の半纏にスーツといういで立ちで、荷車を引き、ドアの前を通過していく。

 小男が引く荷車には、風鈴のほかに「薬」「テトロドトキシン」と書かれた釣り旗がそれぞれ下がり、男の歩みか風かに合わせてゆらゆらと揺れている。荷車に積まれているのは大きな水槽で、中では黒や赤の色が点描のように乱れている。そこにはイモリが何十何百と詰められて、水の中でうじゃうじゃしているのだ。

男はやがて過ぎていった。

 亜里砂はのぞき窓から小男が去ったことを見届けるとふっと息を吐き、洗面台へ行き、鏡に自分の姿を映した。

 乱れたショートボブを手櫛で抑えた。赤に染めた髪は、先ほどの水槽に動くオレンジじみた色ではなく、紅や青の混じる深い赤であることを改めて確認した。携帯カイロを寝巻のポケットから取り出すと、それでまつ毛カーラーを挟んで暖め始めた。その間、ぼんやりと、鏡に映る自分の姿を眺めた。

 先ほどの男は薬売りと名乗り、ここしばらくマンションを徘徊している。オートロックマンションではないから、勝手に入ってくることができる。管理会社にも、未だ誰も連絡していないようだ。

 亜里砂は以前に一度その薬売りと遭遇した。自分の部屋を出たところで鉢合わせた。

 薬売りは亜里砂と目が合うと、白髪と皺の深い日焼けた顔で微笑み、時間はあるかと尋ねてきた。出かけるからと断ればよいものを、亜里砂は咄嗟に、素直にあると答えてしまった。

「要は富山の置き薬です。ご存じですか」

と、薬売りは聞いてきた。

 富山がどうかはわからないが、つまりは置き薬のセールスだと察した。置き薬なら実家でもやっていた。わかります、とだけ答えると、

「じゃあひとつ、おいて行ってください、後生ですから」

と、のっけから頼みこまれた。なんの薬かも、値段も言わない、強引なセールスだった。

 薬売りは体をひねると、自分の背に隠していた荷車の水槽から、ひとつかみ、数匹のイモリを出して見せた。

「今でしたら、水槽も無料でお付けいたしますが」

男の手の中で数匹のイモリが体をくねらせて悶えている。その中の一匹が指の間からすり抜けて、外廊下の床に落ちた。男はそれを慣れたように拾い上げながら、

疲労回復、精力増強。……ほかには惚れ薬なんて効果もありますがね。へへ」

と笑いをこぼし、その一匹を水槽に投げ入れた。

「置き薬ですから、最初の代金はいただきません。数か月に一度、ご訪問させていただきまして、使った分だけお代金をいただきます。」

と、薬売りは朗色を浮かべた。対して亜里砂は、

「それが、薬、なんですか」

と、心持ち体を引きながら尋ねた。

「ええ、じっくり黒焼きにして、召し上がっていただければ。それまでは水槽で飼育していただければ、観賞用にもなりますし、日持ちもします。十五年は生きますからね。ああ、しかし、間違っても生食はご遠慮ください。」

そう言って薬売りは朗笑し、続けて、「テトロドトキシン」の釣り旗を指でつまんで見せ、まっすぐ亜里砂に笑いかけた。

「微量ですがね。触った手で体の粘液に触れるようなこともご遠慮いただきたい。しかし良薬口に苦しとも言いますが。医療の場では活用の研究もなされておりまして……」

と、薬売りは脇に抱えた黒鞄から、チラシか説明書きの類を漁り始めた。

 その間にも薬売りの片手には、数匹のイモリが握られていたが、その時には体を反らし、腹の色を見せたまま、ぐったりと頭を垂らすだけであった。

「すみません、急ぎますので」

と、亜里砂は寒気を感じ、咄嗟に口から出た言葉のまま、その場から足早に抜け出した。

「そうですか、それはすみませんでした」

と、薬売りは尚も朗笑を上げ、またお願いします、と続ける声を聞かないよう、亜里砂は荷車の水槽の脇を通り、外階段へと逃げ去った。薬売りが水槽へイモリを投げ戻したのだろうか、後ろ背にばしゃりと水音が聞こえた。

 

 亜里砂は手早く化粧を済ませてしまうと、リビングに戻り、ベッドへ向け声を上げた。

「お前もいつまでいるんだよ! 早く帰れよ!」

 掛け布団が盛り上がったかと思うと、ついと男が顔を出した。行きずりの男だ。男は目を瞬きながら、自分のスマートフォンを見、起き上がり、ズボンを探した。

「ちんたらすんなよ、このダボが」

亜里砂は叫びながら男の背を蹴った。しかし男は反抗する様子もなく、うるさそうな顔を亜里砂に向けると、ジャケットを羽織り、

「じゃあ、また……」

と力ない笑みを浮かべながら手を挙げかけたところで、再度背を蹴られ、微笑みながらも靴を履いて出ていった。

 亜里砂は男が出ていくドアの隙間から、あの薬売りが戻ってきはしないだろうかと聞き耳を立てたが、その心配はないようだった。

 男が去っていくのを監視するように見届けると、亜里砂は素早く自分のスマートフォンを開いた。メッセージが届いている。

「では、十三時に京都駅で」

マッチングアプリは便利な代物だった。特に亜里砂のようなデートで生活費を稼ぐ者にとっては、客の選定や交渉に頭を使わないで済む。自己紹介欄で、デート目的であることと金額を示しておけば、自然と自分に合う需要を集めることができる。見知らぬ人と出会うのは心配も尽きないが、人目のある場所をデートに選べば、滅多なことはしてこない。いざとなれば走って逃げる。体力には自信があった。

 亜里砂は今のところ、動画サイトへのダンス投稿を生きがいにしていた。踊りを動画サイトに上げ、閲覧数やコメントを得ることに、何よりもやりがいを見出していた。

 一方で素顔をインターネットに晒して生きていくということは、安定的な定職を得るには不向きだった。理解を示す職場も増えてきているとはいえ、中の人間はそうそう変わらない。いくつかアルバイトを経験したが、遅かれ早かれ、いわゆる配信者であることが露呈する。いくら気にしないそぶりをとっても、職場の同僚はいやでも好奇の目を亜里砂に向ける。性根が悪いのも中にはいて、それで弱みを握ったつもりになって、いろいろ面倒な交渉を持ち掛けた輩もいたのだ。亜里砂にとって、どう安定した生活費を獲得し、そして配信の活動を続けるか、それがいつまでも悩みの種だった。

 そこでデートで生活費を稼ぐ方法を始めた。売春、出会い系、パパ活。世間ではそう呼ばれ、これも好奇の目で見られるわけだが、

「人の生き方に指図するな」

と、亜里砂は点けっぱなしになっていたワイドショーを消した。子供からの環境で、テレビを点けておく習慣が抜けない。テレビは面白くない。動画サイトを見る方が、亜里砂にとってはずいぶん有意義だった。

 十二時四五分には、待ち合わせの京都駅改札に着いた。時間をしっかり守るのも、親の教育のものだった。約束をしたのなら十五分前に集合する。それもなかなかやめられない。

 京都駅の改札前はいつも人通りが激しかった。とめどなく、どこからともなく人が溢れ流れていく。亜里砂はいつも通り、待ち合わせ前の時間で今日の相手を想像した。どんな人が来るのか。それは準備運動のようなものだった。

 想像はいつも、半分当たり、半分外した。人はそれぞれ個性を持っていて、カテゴライズするのは間違っている、と亜里砂は常々思うようにはしているのだが、しかしデートにお金を払ってやってくる人間は、だいたい似たような人物だった。誰しも生き続けると、いつしか年齢という肉付きのよいマスクを被ることになるのだろうか。と、そう思うほどに、来る客の外見はもとより、言動、背格好ですら、亜里砂には違いが分からなくなりつつあった。つまり、オジサン、と呼ばれる種別がいると思ってしまうほどに、また、呼ばれるにふさわしい人たちが、多くは亜里砂の相手だった。だからほんの個性や違いはあるにせよ、ほとんど予想通りの相手が現れるのである。

 亜里砂はそんな中でも自然体で接することを心掛けていた。自然体を心掛ける、そこにいくらか矛盾を感じないでもないし、心掛けるならばそれはやはり自然体ではないのかもしれない。

 食いぶちのためにできるだけ客には気に入られようとした時期もあった。しかし相手に合わせることを続けていると、代わる代わる迫りくるオジサンたちに、亜里砂は自分を見失いそうになった。自分もオジサンたちの世界に引っ張り込まれて抜け出せないような感覚になる。デートに来るオジサンたちは、残念ながらほとんど定型だった。薬売りの水槽にうごめくイモリのように、ほとんど区別がつかない同種の箱の世界のようだ。イモリたちに腕をつかまれ、水槽の中に引き込まれる。囲まれ、かわいがられ、イモリばかりを眺めているうちに、いつしか自分もイモリになるのではないだろうか。

 ともかく、亜里砂はできるだけ相手に合わせず、素直に、思うまま受け答えすることを心掛けた。嫌われたとして、どうせ一度の関係であるし、なにより自分を見失わない術だった。そしてそれがまた好評であると感じられた。亜里砂の素直な言動に、少なからずオジサンたちは心を突かれ、反応していた。どれだけ彼らが、普段、世の中に生き、そして同時に世から粗放に扱われていたとしても、亜里砂はそんな彼らの反応に、実は、いつも愛情を芽吹かせてしまっていた。これが、生活費の他に、いつまでも亜里砂がデート業を辞められない理由であった。

「人が好き」

亜里砂は就職活動の場で幾度かこの言葉を聞いた。そのたびに、なぜか苛々とし、自分の番になると、

「私は人が嫌いです」

と、衝動的に言いのけて、面接官の眉をゆがませた経験が何度もある。中には面白がって、どうして、と聞かれることもあったが、理由は言いたくありませんと、これも言いのけて、場は白けてしまう。亜里砂もそれを計画していたわけではないから、自己アピールにつながることは当然なく、その後はただしどろもどろになって終わる。もちろん就職活動はいつまでもうまくいかない。

 人が嫌いであるのに、オジサンは愛する。その歪さを感じながら、しかし亜里砂は愛情の根源も、自ら把握していた。それは求められ、かわいがられる喜びか。しかしそれは違った。

 亜里砂のオジサンたちへの愛情は、その人の死を、どうしても思ってしまうからであった。

 最初はどんなに汚く卑しいオジサンが現れても、「この人の先は長くない。もうすぐ死ぬ」と勝手に思って、それで愛おしくなる。その人との限られた時間を大切に過ごしたいと、その場限りは思うのであった。

 中にはそんな亜里砂の愛情を感じ取って、つけあがるオジサンや、最初から救いがないような低俗なオジサンもいるのだが、それはそれで、また愛おしく思い、素直にふるまい、結局オジサンたちを喜ばせてしまう。今日もそんな感じになるのだろうか、亜里砂は嫌気とも緊張ともつかない、落ち着かない心持だった。

 一三時を過ぎて、アプリにメッセージが入った。

「つきました。特徴、教えていただけますか」

亜里砂は手早く返信した。

「赤い髪の者です」

亜里砂は黒のキャスケットを頭から脱ぐと、さあっと周囲を見渡した。赤い髪をしている者は他にいない。

 どのオジサンか、と亜里砂はしばらく目を凝らした。いち早く姿をとらえることで、どのように半日過ごすか、イメージしやすい。それをできるだけ先手に行うことで、問題も避けることができるように思えた。

 が、亜里砂の前に立ったのは、オジサンでも青年でもオバサンでもなく、くりくり坊主頭のスカートを履いた子供だった。

 

「黒滝蓮です。よろしくお願いします」

と、その子供は名乗った。クロタキ、レン。クロタキと聞いて、マッチングアプリの相手だと亜里砂は思った。珍しい、今日の相手は子供かと思うも、子供がそんなアプリを使うはずはない。

「えっと」

と、亜里砂が言葉を失っていると、蓮と名乗る子供は、

「お父さんが、仕事なんです。だからお姉さんにお願いしたんです。」

と、説明を加えた。

「きゅうな、仕事だって」

と、訝しがる亜里砂に補足をする。

「お姉さんに遊んでもらいなって」

 子供が能弁そうなのが幾分安心だった。説明することにためらいはなく、また大人の顔色もよくみている。つまり、亜里砂は都合よくベビーシッター代わりにされたのだ。クロタキ自身が本当に仕事か、それとも遊びかはわからないが、ひどく無責任であることには違いなかった。見知らぬ人間に子供を預からせるのだ。

 亜里砂はアプリのメッセージ画面を再び開いた。相手は沈黙を続けている。それは任せたと言っているようだった。

 それから二人で水族館に足を運んだのは、蓮の希望だった。

「どこか行きたいところある?」

「えっと、水族館に行ってみたいです」

 水族館はデートとして最適だった。下心のある客は昼間ならドライブや温泉、夕方からならクラブやバーに連れて行こうとする。それらを避けるために亜里砂はよく京都駅集合、水族館に行くというコースをとった。水族館なら人目も多いし、家族連れも多い。そんな気分になりにくいし、何より観賞するものがあるというのが、間を埋めてくれるし、相手が誰であれ、いつでも楽しむことができるのだった。

「水族館ね、わかった。……それで、何時に帰るの」

「えーと、お父さんから電話がかかってくると思います」

「お父さんが迎えに来るの」

亜里砂はできるだけ、オジサンであろうクロタキには会いたくなかった。蓮は迎えの質問には何も答えられないようで、少し俯き、それから自分の住んでいるところの庭のことや、同級生が近くにいるが、あまり遊べないことなど、自分が話したいことを話した。亜里砂は蓮の境遇を察し、優しく頷くのだった。

 蓮は水族館のフロントの、青い照明に、眼鏡の奥にある二重の目を光らせていた。かわいいな、きっとこの子は大きくなったらそれなりに美形になるのだろう、亜里砂はそんなことを思った。

 オオサンショウウオ、アシカ、ゴマアザラシ、ペンギン、海水魚の大水槽……。水族館として種類が多いわけではないし、ジンベエザメホッキョクグマ、ラッコなどのスターがいるわけでもない。しかし二人は楽しんだ。蓮は積極的に声を上げて、水槽のガラスに張り付くような行動はしなかったが、それでも目は輝いていたし、驚くような、見とれるような、そんな様子でガラスを眺めた。それでも預かられているという意識があるのか、もともとそういう性格なのか、幾分ガラスからは離れて眺めることを守り、別の子供たちの集団が、力強く二人を押しのけて前に出ると、さっと体を引き、半ば隠れるように彼らを見るのだった。

 白や青のライトに照らされる、幻想的なクラゲの展示を抜けると、後はもうおしまいで、残りは売店と簡単な食事ができるスペースが残るばかりだった。

 その軽食スペースの脇には、壁沿いに小さな水槽が並べて展示されており、中にはドジョウやサワガニ、イシガメ、ゲンゴロウなど、淡水生物が並んでいた。環境破壊による、希少生物となった生きものたちの紹介らしい。ほかの展示に比べるとずいぶん地味で、展示場所も軽食のついでのような感じだから、先に売店のほうに行くか、引き返して出口の方に向かう客も多かった。

 二人は壁に沿って歩いた。小さな水槽はさながらマンション部屋のように、また小さな住人が、それぞれ姿をその中に潜めていた。迫力も動きも少ないから、亜里砂は流すように歩いた。蓮も一心に顔を水槽に向けながら、それでも亜里砂の歩みを追うように着いてくる。

 そして壁の一番端に、アカハライモリの展示水槽があった。亜里砂は少しぎょっとした。イモリを握った薬売りを思い出した。水槽にうごめく数十のイモリを思い出した。が、その水槽には、薬売りのものと違って、数匹しか入れられていない。そしてどれも、流木や石影に隠れているようだった。

 亜里砂が眉をしかめながら水槽を覗いていると、流木の下から一匹のイモリがはい出てきた。ゆっくりと、しかしまっすぐに、水流に抗い、小さな手足を左右交互に動かし、砂利を掴み、掻き、ガラス面のほう、亜里砂の方へと近づいてくる。

そして気が付けば、それに続いてどこからともなく二匹目、三匹目と、イモリは陰からはい出てきていた。どれもガラス面に向かい、亜里砂をめがけやってくるように思えた。

 亜里砂はイモリのどこか不気味な意思を感じ、そっとガラス面から離れた。十分遊んだ。もうそろそろ蓮の迎えが来るかもしれない。帰ろうと、蓮を促すため、その方を見るも、蓮は依然として、顧みることなくイモリの水槽に張り付いている。

怪獣とか恐竜に似ているから、きっと子供は気にいるんだろう。亜里砂はそう思い、ソフトクリームでも買ってやるかと、微笑み、売店へ向かった。売店は、壁展示のすぐ横に続く。

 売店の店員と金のやり取りをして、カップコーヒーとソフトクリームを両手に、再び水槽を見た。しかし蓮の姿は、その場所からいなくなっている。はて、と思い、幾つかテーブルが並ぶ軽食コーナー全体を見渡した。親子、カップル、友達同士。ちらほらと席は埋まっているが、どの席にも蓮の姿は見当たらない。気のつく子供だから、売店に並ぶ亜里砂を見つけて、よい場所でも探しに行ったか、と思い、外のテラスや、クラゲの水槽まで戻って探した。しかしどこに蓮はいない。

「迎えが来たのかな」

亜里砂はそう呟き、壁の水槽まで戻った。テーブルには依然として、数人同士のグループが集っている。そこにソフトクリームが垂れ、亜里砂の指先にヒヤリとした感触を与えた。亜里砂は驚いたようにそれを舐め、それで手に持ったまま帰るわけにもいかないから、隅の、四人掛けのテーブルに一人で座った。

 冷たいソフトクリームを舐め、また熱いコーヒーを交互に含み、手持無沙汰にイモリの水槽を眺めた。

「帰れた?」

人知れず、そう思った。イモリたちはまた流木の陰に隠れたのか、姿は見えない。

 

 数日後の昼過ぎ、亜里砂はまたクッションに体を任せていた。

 ベッドの掛け布団は今日も男の形に膨らんでいる。テレビは相変わらず点いたままだった。亜里砂はスマートフォンを片手に、次の投稿を思案している。曲は何を選ぼうか、今度は振り付けを自分で考えてみようか。

と、遠くから鐘の音が聞こえ始めた。

 がらーん、がらーん。

 ちりりん、ちりりん。

 亜里砂は猫のようにクッションから飛び跳ねると、バタバタと慌ただしく、扉の方へ駆けていった。 終