抽斗の釘

小説、散文、文章、短編

2019-01-01から1年間の記事一覧

小綱の呪い

目を覚ますと砂の上に居た。それも、薄紅色の砂だった。ここはどこだろうと辺りを見回すが、薄紅の砂浜と、それに沿って深い青の海が広がり、海の反対側には浜に並行して深そうな森が伸びているのが分かるだけだった。記憶のある風景では無かった。空からは…

鬱の花

祇園の街は夜半を過ぎて、昼間の賑わいや夜の街のきらめきは夢のように消えていた。それは何も喧噪だけではなく、大抵の店灯りはもう消されてしまって、暗闇を引き立てるぼんやりとした街燈と、時折空車のタクシーが、ゆっくりと黄色いライトを揺らして通夜…

獅子

一 南中した太陽の光線は、直線下にその交差点を白く照らした。日の熱を避け、町の人々は陰に退いて姿を見せない。かげろうの揺れるその界隈には、濃い線香の香りが眼に見えずとも漂っていた。 幹線道路にもなる街道は御陵に続く参道と交わって細い交差点を…

若葉

アオはキッチンで佇んだ。 午後の街中の日影が、締め切った窓ガラスとレースカーテンをすり抜けて、薄っすらと部屋に注いでいる。ダイニングには、灰色の球体がプカプカと浮いていた。 「日曜日は嫌い。」 アオは言う。ふたりはソファに座りながら寝る前に紅…

夜のどんどん

虎の天使が腕を組んで見下ろしてきます。わたしは眠れない体をごろごろ動かしながら、時計のコチコチを聞いています。目を閉じると、黒鬼が、どろどろ動きます。腕が、足が固まってきました。さあ、夜のどんどんです。 わたしは家族と、白のハイエースに乗っ…

楠木の森

……背の高い楠木が、さわさわと木々の上で葉を揺らした。 ……或る森の、或る木々の隙間に彼女は立っている。 日常で、自分の言葉を探すのは難しい。 ここは深い深い、茂った木々の中で、葉や枝の隙間から、午前のさわやかで活き活きとした日がさしている。わた…

春の風

梅の花の匂いが、春の日和に暖まって香る。花は満開から少し過ぎ、細く歪な枝の間で熟しては、色あせて垂れ始めている。垂れた梅花の間を、羽虫が衝動にまかせ、日和に漂っている。平日の穏やかな中、一人の青年が住宅街を歩いていた。冬物のコートは幾分暑…

シュガーアンドバター

自分の性格や趣向を人に伝えるのは難しい。自分は繊細だから勘弁して欲しいという甘えと、自分は強靭だから尊重してほしいという甘えが同居している。いざ人に伝えようとすると、どちらも前に出ては退き、モゴモゴと口が閉じる。指針も指針で、わたしの理想…

わたしには、訪れた記憶はないけれど、懐かしくなる情景があった。時々思い描いては、何処だろうかと、首を傾げる次第である。 それは、真っ青の部屋だった。 床一面は紺色のカーペットで、窓は一方だけに、群青のカーテンから、外の日光が差している。午前…